カナリア

地下鉄サリン事件とその宗教団体をモデルにした作品。

秋葉原にはその宗教団体関連の収入源といわれる
パソコンショップがあいかわらずあるし、
今も形をかえて続いているようだ。

新興宗教に入り込んでしまう人の背景には
理由や原因があり、また疑うことをせず
信じたいという一途な気持ちがあって
それを骨の髄まで利用されてしまう。

信じているなら皆平等でいいじゃん、ではなく
幹部になるために策をたてたり
支配欲という煩悩が生まれるようだ。
閉鎖された空間ではそれが全てになってしまうのか。
信者の間でも自分のほうが教祖を愛しているとか
信じているという“競争”が生まれるそうだ。

入信した人の中には本人の意思と関係なく
身内に引きずり込まれる形で
やむなく入った人もいたんだなぁ。

主人公の少年は
とても純粋で一途だ。
少年の母親も永い間の苦痛から逃げ出せず
救いをもとめて入ってしまった。
けして根っからの悪党ではなく
ずっと張りつめていた緊張や不安を
信じることで丸ごと預けられたという安心感が
得られたのかもしれない。

主人公の女の子は
宮崎アニメとかに出てきそうな体型をしてる。
ほっそくてガシガシがに股で歩く。
この人、映画館で本編前に「著作権侵害」の警告で
黒い涙を流していた子じゃないかなぁ。



日本の日常に入り込んでいる宗教的な慣習
例えば墓参りだとか、盆暮れ正月だとか
「有り難う」だとかを別にして
特定の教団にのめり込むことはできない。
よく散歩に行く浅草寺も何宗か知らないけれど
そのくらいでいい。

ただ世界には様々な宗教があって
人々の生活の柱をつくっている。
生死に影響するとても大きな存在で
とても大事にしているものだ。
完全に否定するんじゃなくて
離れたところに置いておく、距離を保つってことが必要だな。
そういう考え方もあるんだよね、と。

文化人と言われる人たちにも
宗教って避け難いことのようだ。
本人は無宗教だが気になる存在で。

古代の人たちも生活圏がすごく離れていて違うのに
生命の不思議ということから
名前は違い、時に対立したりするけれど
似たような思想を生み出してきた。

新興宗教って宗教といいつつも
また別のような気がするが。
生きているか何百、何千年前か
オリジナルか、オリジナルの御都合的な練り合わせか。
哲学か、支配欲か。

主人公二人がすごく良かった。
考えこんでしまった。★★★★
e0038717_1329204.jpgカナリア
カルト教団崩壊後、教団施設から児童相談所に預けられた少年。少年は引き離された妹と母を取り戻すため、児童相談所を抜け出す…。
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by ukigumo-kaza | 2009-08-25 13:46 | 邦画
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